Camellia 
 <丸の内>


2013年1月


Camellia 大野琢治

 


アメリカ生まれの埼玉育ち」2012年10月にリニューアルした「東京ステーションホテル」。2階にあるバー&カフェの「カメリア」で働く大野琢治さんの自己紹介は、このように始まった。 


バーの仕事と出身地には、特別な関わりはないという。アメリカのことを「覚えてすらいません」と。母の腕に抱かれて2歳のときに帰国したというから、当たり前か。


「バーテンダーになったきっかけは」という問いに「アルバイト感覚に憧れが加わって」と言う。 


改装前の東京ステーションホテルに、ウェイターのアルバイトスタッフとして採用されたのが二十歳のとき。働きながら、大野さんが感じたのはシェフとバーテンダーの違いだった。


「ウェイターとして働いていて、『おいしい』という感想をいただくことはすごく嬉しいことでした。そうした声は料理人であれば、人を介して耳に入ってきます。でも、バーテンダーに関して言えば、話は違ってきます。お客様との距離が非常に近い」 


そう、大野さんは言う。 


たしかに、シェフが客から直接料理に関して意見を聞くというシーンを目にすることは多くないが、バーテンダーは絶えず、客の視線にさらされていると言っていい。当然、直接意見も返ってくる。おいしいという褒め言葉ならいいが、口に合わないという厳しい意見も、ある。 


そうした場面を何度も目にしてきた大野さん。それなのに、シェフではなくバーテンダーという職業に魅かれたというから不思議だ。なぜ?


「お客様との距離の近さがほかの職業ではなかなかない。それこそがバーテンダーの仕事の魅力だと感じました。あの緊張感の中に身を置きたい。いつの間にか、そう思うようになっていったのです」 


異動願いを出して、念願のバーに移ったのが21歳のとき。それからは独学で勉強をした。 


バーに移って先輩から最初に言われたことは、「いちいち教えることはしない。わからなかったら聞いてくれ。聞いてきたことに関しては教える」だった。


「学校ではないので、仕事である以上、自分で勉強して自分で学べということでした。先輩のやり方を見て学びながら、お客様からも本当にたくさんのことを教えていただきました」 


客から教えられたことで、大野さんの心に深く残っているのは、年齢と苦労を鉄道にたとえたこんな話。


――若いときは各駅停車に乗っているようなものだ。年を経て苦労をしたら、それが特急に変わり、さらに苦労を重ねていくと新幹線へスピードアップする。苦労するときがあったら、自分は特急券を買って未来へと進むんだと思って努力をしなさい。 


親子ほど年が離れた、とある客からかけられたこの言葉。大野さんは大切そうに話してくれた。このときから苦労を苦労と思わず、いっそう仕事に励むようになったという。 


32歳。大野さんはいま、人生の特急列車か、それとも新幹線に乗車したところだろうか。


カメリア
●東京都千代田区丸の内1-9-1東京ステーションホテル2階
03-5220-1111(代表)
営/11:30~23:30(L.O.) 
休/無休 
カード/可 
●カウンター8席、テーブル16席。サービス料10%。カクテル、ウイスキー各1100円~。1951年オープン。2006年に東京ステーションホテルの改装のため一時閉店するも、2012年10月、ホテルのリニューアルと同時に装いも新たにオープン。バックバーの上に掲げられた「STATION HOTEL」の切り文字は1951年時からのもの。14:00までのランチタイムと18:00からのバータイムではビーフシチュー2580円などの食事も楽しめる。14:00~17:00のカフェタイムは飲み物のみ。禁煙。JR「東京駅」丸の内南口より1分。


おおの・たくじ
●1980年10月2日生まれ。アメリカ生まれの埼玉育ち。21歳のとき、「オーク」でバーテンダー人生をスタート。


<クレジット>文 枝川公一 撮影 有元伸也


【dancyu編集部】


<2013年1月号>




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