いつか夜汽車で vol.1
郷愁の夜汽車で北へ


2014年3月


さよなら
ブルートレイン

 


夜汽車と聞いてノスタルジックで、懐かしさを覚えるのは何故だろう。 
舞台から去ろうとしている今だからこそ、夜汽車に乗って旅に出たい。
廃止が報道された「あけぼの」、話題騒然の豪華寝台列車「ななつ星in九州」など夜行列車の旅を一冊にまとめました。




ブルートレインとの出会いは、偶然かつ突然だった。


私の幼少期の昭和50年代は、まさにブルートレインブーム真っ盛り。ある日、学習雑誌にブルートレインに関するクイズが載っていた。「次の形式を古い順に並べよ ①24系25形 ②14系 ③24系 ④20系」と書かれたその問題を見て、直感的に「数字が小さいやつほど古いんだろう」と考えた。しかし正解は20系が一番古かった。その答えに鉄道の奥深さを垣間見、悔しさもあって、鉄道の、特にブルートレインの猛勉強が始まった。これがきっかけで鉄道趣味にはまり、やがて写真撮影へと発展して写真家の今に至る――ブルートレインは、私の人生を変えてしまった存在なのだ。


そんな鉄道少年が、初めてブルートレインに遭遇したのは東京駅。父が日本橋に勤めており、たびたび家族で東京都心に出かけていた。その日も夕食後、東京駅八重洲口の改札をくぐり、通路を歩いていた。すると12・13番線ホーム(現在のJR東日本新幹線ホーム)付近で、甲高い汽笛と、けたたましいディーゼルエンジンの音が響いた。「ブルートレインだ!」と直感した私が、父の手を引いてホームに上がると、そこにはキラキラ輝く青い車体の24系25形と14系が並んで止まり、これから九州へ旅立つたくさんの人たちでにぎわっていた。


この刺激的な光景を写真に収めたいと思い、カメラを始めたのが小学校高学年の頃。家にあった110カメラ(ポケットカメラ)を握りしめ、朝の東京駅通いが始まる。初めての鉄道写真もブルートレインというわけだ。当時の写真は今でも大事に保管してある。「あさかぜ」「はやぶさ」「富士」「さくら」といった〝名優〟たちにときめきながらシャッターを押した、あの時の純粋な気持ちまで写っている気がするからだ。


最初の乗車機会は中学1年、母方の故郷からの帰りに乗った「ゆうづる」。どうも母は寝台列車では眠れないらしく、いつも帰省の行き帰りは昼行特急を選んだ。しかしこの時は、私の懇願に根負けして一緒に乗ってくれた。案の定、母は眠れなかったらしいが、私自身も寝るのがもったいなくて一睡もしなかった。実に思い出深い初乗車であった。


その後、家族旅行や個人旅行、取材で何度もブルートレインに乗車してきた。白眉は、やはり「北斗星」。個室のロイヤルに2回乗車する機会があったのだが、その贅沢な設備を楽しみながら、徐々に北上して北海道に到達するロマンあふれる行程は、何度乗っても感動的だった。唯一の東北ブルートレインとなった「あけぼの」の、東北なまりが飛び交う車内の様子も非常に印象深いものだった。


カメラマンになった後の撮影でも、ブルートレインはいつも素敵なシーンを見せてくれた。朝焼けに輝く車体、北国の雪を抱いてたくましく疾走する姿、乗り込む人々の楽しそうな笑顔……。間もなく終焉を迎えるであろうブルートレイン。私の人生に大きな軌跡を残してくれたことに感謝し、その最後の雄姿をしっかりと見届けたいと思う。



終点間近の有楽町を行く上り「出雲」(昭和56年)


 


 


文・写真 伊藤岳志(鉄道写真家)
●昭和44 年、神奈川県生まれ。鉄道写真家。東京工芸大学写真技術科卒業後、写真メーカー勤務を経てカメラマンに。著書に「さらば栄光のブルートレイン」など


<旅行読売臨時増刊 いつか夜汽車で>


【旅行読売 編集部】




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