ル ユイット
<東京・赤坂見附>


2013年12月


ル ユイット 堤寿人

 


猫がするりと駆けていきそうな細い路地。抜けるとそこには、年季の入った白いビル。螺旋階段をぐるぐると上って3階へ。階段横には、しとしと人工の滝が流れ落ち、下からライトアップ。不思議な気持ちで重い扉を開けると、中は限りなく真っ暗に近い。 


そこは「BAR LE HUIT」。カウンターに揺らめく小さな灯りのそばに、バーテンダーの堤寿人さんが立っている。(失礼を承知で言うが)くたびれたビルの佇まいと、店内の薄暗さに反して、この人の笑顔と声は明るい。客は皆、きっと、このバーテンダーを求めて、席に着くのだろう。 


カウンターとバックバーには、ウィスキーを中心に、たくさんのオールドボトルが何気なく並んでいる。 


古いお酒を、集めているの?「はい。バーテンダーになりたての頃、古いマッカランを飲ませてもらって、それがあまりにもおいしくて『こういうお酒を提供したい』と思い、せっせと集めています」 


堤さん、時間があれば都内を回り、地方に出向き、海外へも買い付けへ。さらにはインターネットで情報を集め、オールドボトルの収集に余念がない。


「集めても集めても、古いボトルが僕の前に現れるんです」と、笑う。「飲んだことのないお酒に出会ったら、買わずにはいられない。飲む量よりも、買う量のほうが多いので、最近はお酒が増え過ぎちゃって。さすがに控えようと思っているんですけど……」 


そう話す堤さんの語尾は、心なしか小さくなっている。まだまだ、このバーには古いボトルが集まりそうだ。 しかし、堤さんの話を聞いていると、オールドボトルの収集はなんだか苦労の連続だ。たとえば、こんな話。「偽物をつかまされるんです」 


堤さんが出会った偽物は数知れず、だとか。瞬間接着剤で封がされていたり、ウィスキーにウォッカが混ざっていたり、偽物なのに意外とおいしかったり(これは苦労じゃない)。「偽物をお客さまと一緒に味比べするのも楽しい。今では、そんな境地に達しています」 


堤さんは陽気に笑いながら、オールドボトル探しの旅を振り返る。「ひと言で言うと、お酒で感動できる。同じ銘柄でも年代が違えば、こんなにも味わいに差があるのかという驚き。ずっと昔につくられたお酒であるのに、こんなにもおいしいという発見。時には、存在すら知らなかった異国のお酒に遭遇する喜びもある」 


堤さんの思いは常連の客たちにも伝播している。ドイツから帰国した客は地元のおばあちゃんがつくったピーチのリキュールを持って来た。もちろん、流通にはのっていない。堤さん、見ることも飲むことも初めて。それがまた、びっくりするような素晴らしい味わい。これこそが、堤さんの言う感動。「誰も飲んだことがないお酒を手に入れて、紹介していきたいです」 あれ、さっきまで買い控えを口にしていた堤さん、いつの間にか壮大な思いを宣言している。このバーに集まってくるボトルは、きっと、こうした堤さんの熱い思いに誘われてやって来るのだろう。酒だけではなく、客もまた。


バー ル ユイット
●東京都港区赤坂3-9-12 メトロビル3階
03-3586-9888
営/18:00〜翌4:00、土曜は15:00〜、日曜は15:00〜24:00 
休/無休 
カード/可
●2011年オープン。カウンター5席、テーブル4席。チャージ1000円。カクテル、ウイスキー各1000円〜。
カウンターの端には蓄音機が鎮座する。オールドボトルに魅せられて以来、古いものに愛着がわくようになったという堤寿人さん。今、蓄音機がマイブームだとか。店名について訊ねると「お酒とは関係ないんです」と言う。震災の年にオープンしたことから、これからいいことがありますようにと、末広がりの「八」を店名に選択。「ハチもエイトも何だか変だし」と、フランス語で表現することにしたという。東京メトロ「赤坂見附駅」より1分。


つつみ・ひさと
●1977年12月16日生まれ。新潟県出身。服飾関係、飲食関係の仕事を経て、23歳からバーテンダーを生業とする。


<クレジット>文 枝川公一 撮影 有元伸也


<2013年12月号>


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