Bar OPA
 <銀座一丁目>


2012年10月


Bar OPA 大槻健二

 


銀座のバー「オーパ」の大槻健二さんが2012年7月9日、すい臓がんで亡くなった。最近では週の前半に抗がん剤を投与し、週末にカウンターに立っていたという。店にた最後は5月のゴールデンウィークだったとか。一度は回復の兆しを見せたこともあったが、闘病生活は3年に及んだことを聞いた。47歳という若さだった……。


本誌でも何度か取材をした。関取のような風格と迫力でカウンターに立つ姿が目に浮かぶ。最近は病気のせいでかなりやせてしまったと聞いていたが、やはり当時を知る者としては、どうしても信じられない。その後も店には、ときにひとりで、ときに気の置けない仲間と、幾度となく足を運んだ。取材のなかで、大槻さんが話してくれた言葉を思い出す。「いちばんおいしいカクテルは、自分で自分につくるジントニック。仕事が終わったら、それを一杯飲んで帰る」「お客さんが帰りがけに、ありがとうと言って帰って行く。これを聞くために私はバーテンダーになったのだと思う。その言葉を聞いた後は一日中、上機嫌でいられる」


思い出せば、きりがない。


1996年に日本バーテンダー協会主催の全国バーテンダー技能競技大会で総合優勝を果たし、名実共に「日本一のバーテンダー」となった大槻さん。いつしか、彼のもとにはバーテンダーを志す若い人たちが、絶えず教えを乞いに来た。「オーパ」で修業をして、一人前になり店を持ったバーテンダーも数多くいる。もう、ずいぶん前のことになるけれど、「オーパ」で飲んだある日、創作カクテルの話が出た。そのころ考案したカクテルについて、大槻さんがうれしそうに話してくれた。 「ロンドンの国立劇場の景色に触発されてつくった」  そう、大槻さんは表現した。 「この次に会うときにはそれをつくってくださいね」  店を出るとき、そう言って別れた。大槻さんの「ロンドンの劇場をイメージしたカクテル」には二度と出会うことはできない。結局、口にすることはなかった。どんなカクテルだったのか。想像は膨らむばかり。バーの記憶としてのみ、自分のなかに残る風景というのも不思議なものだ。少なくとも、自分の生きている間は、決して消えることはないだろう。8月なかば。知り合いが「オーパ」を訪ねたと教えてくれた。たまたま、バーは夏休みであったという。そこに、やはり彼と同じく休みであることを知らずに若い男性がひとりでやって来た。休業日の貼り紙の傍らで、残念がってうなだれた姿が印象的だったという。バーの風景には限度というものがない、と思う。  この店の主は、いなくなった。けれども、「オーパ」は大槻さんの思いを受け継いで、これからもずっと続いていく。


 


バー オーパ


● 東京都中央区銀座1-4-8 銀座ビッグウエストビル5 号館地下1階 
03-3535-0208 
営/18:00~翌3:00、土曜は~24:00
休/日曜 祝日 
カード/使えます
●地下鉄銀座一丁目駅より徒歩1分、JR・地下鉄有楽町駅より徒歩2分。

1996年オープン。カウンター11席。2人掛けのテーブル、4人掛けのテーブルもあり。
チャージ500円。カクテル、ウイスキー各1050円~。


オーナーバーテンダーであった大槻さんが亡くなった後、遺志を引き継いだスタッフたちで店を切り盛りしている。気持ちのいい接客、本当においしいカクテル、隠れ家的な空間と、素晴らしき「オーパ」の世界は変わらず、ここにある。 


<クレジット> 文 枝川公一 撮影 有元伸也


【dancyu編集部】


<2012年10月号>



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